オルゴールと祖母の思い出の話

突然あてもなく鎌倉へ旅立ち、ふらふらと歩いていたら鎌倉オルゴール館に辿り着いた。知っている曲はあるかしらと中に入って眺めていたら、あまりの曲の多さに驚いた。クラシックをはじめとして、ディズニーやジブリ作品、Jポップと曲数はかなり豊富だ。その中で思わず目にとまったものがある。スピッツの「空も飛べるはず」だ。

 

 

父方の祖母の家には、「空も飛べるはず」のオルゴールがあった。私はそれが大好きで、幼少のときからずっと回して聞いていた。その曲が「空も飛べるはず」というタイトルで、スピッツの歌だということを知ったのは、随分後になってからだ。

 

祖母は少し前に他界してしまった。

もう10年以上会っていなかったし、何の便りも受け取っていなかった。

どうしているのか気になってはいたものの、それは聞いてはいけない雰囲気だった。私も母も、次第に聞かなくなった。「次に祖母のことを父の口から聞くことがあるとしたら、それは亡くなったという報告になるのだろう」などと思っていたが、本当にその通りとなってしまった。

 

祖母はどうやら認知症だったらしい。叔母が10年以上面倒を見ていたようだ。

祖母の哀れな姿を外には決して見せたくなかったのだろう。私の中の「おばあちゃん」は、しっかりして優しいおばあちゃんのままで留めておきたかった。病気で、やせ細って、寝たきりになって、何もかもわからなくなった姿で「おばあちゃん」を上書きしてほしくはなかったのだ。

そして、祖母が亡くなった後も、叔母の口から祖母の病気について語られることはなかった。葬式の日に「最後は病気になってしまったから、あまり幸せではなかったわね」とだけ口にすると、それきり祖母の話はしなくなってしまった。

だから、本当はどうだったのかは私は知らない。

 

祖母との思い出を記憶の中から引っ張り出すと、しっかりして優しい祖母との楽しい思い出だけしか残っていない。記憶の中のおばあちゃんはいつもにこにこと静かに笑っていた。それだけだった。

病気で、認知症で、というのがたとえ本当だったとしても私の中でそれは想像の域を出ることはない。悲しい記憶は一切なかった。

 

それで良かったのかもしれない。

 

 

「ご自由に試聴してみてください」と書かれていたので私は「空も飛べるはず」のラベルが貼ってあるオルゴールのねじを回した。

祖母の家にあったものと同じ音がした。変ホ長調アレンジだ。私が名前を知る前から大好きだった音だ。もう聞くことはできなくなったと思っていた音だ。

祖母との思い出と別れを思い出し、思わず涙してしまった。オルゴール館で一人泣きながらオルゴールを回しているというのもなかなか滑稽な姿だが。

 

そんなわけで思い出の音を買った。